12年5月14日 その6
受水・走水(うきんじゅ・はいんじゅ) 神名:ホリスマスミカキ君ガ御水御イベ 別名:浜川ウケミゾハリミズ 沖縄における水田稲作の発祥地と云われている 伝承によればアマミキヨはまずこの地に稲を捲いた
伝承には幾つのパターンがあるが、代表的なものを2つ挙げておく まず、「琉球国由来記、稻ミシキヨマノ時、玉城行幸之由來」 玉城御行幸之由来者、上古、阿摩美久、ギライカナイヨリ、稻種子持來、 玉城間切、百名村之人、作ヤウヘウケ、溝・小マシ田・苗代拵、稻蒔、 百日成時苗取、濱川ウラ原親田、高マシノマシカマノ田ニ、稻植初也。 【意訳】 阿摩美久がニライカナイから稲の種子を持ってきた 玉城村百名の人々に溝や苗代などを作らせ種を蒔かせて 百日後に苗を取って受水・走水の御穂田に植えさせた
次に「島尻郡誌」にある伝承 稲穂をくわえた鶴が暴風雨にあって新原村のカラウカハに落ちて死んだ その稲はやがて発芽し、アマミツによって稲を受水・走水の御穂田に植えられた 稲はグングン伸び、実がなり熟したので、アマミツは人々にその食べ方を教えた
この件について科学的な調査がなされたことはない ちょっと掘り返して科学のメスを入れれば事の真偽は容易に分かるだろう
だが、そんなことは無意味だ 人々はこの地を稲作発祥の地として信仰の対象とし 現在もなお、田植えの行事「親田御願(うぇーだぬうがん)」を行っている
受水 受水とは「ゆるやかな流れを受ける溝」を意味する 左に石碑が見えるが、その下が拝所となっている模様
水がゆるりゆるりと清らかに流れている
この清水は悠久の時を超えて絶えることなく湧き出ている
御穂田(みーふだ) アマミキヨが稲を植えた場所 ちょうどいいときに来たのかな、稲穂がたわわに実っている あと2ヶ月ほどで刈り入れだろう
受水の横に上部へと続く階段もあるけど 昇っていいものか見極めが付かず今回は諦めることに 巨大ながじゅまるがあるそうだ
あちらが走水 走水とは「水が早く走る溝」の意
こちらにも参拝用の石壇が設置されている 人々の信仰は厚い
勢いよく流れる清水 受水・走水から湧き出る清水は今も地域の人々に利水されている
ここもまた、生活の場であるということだね ちなみに「藪薩御嶽(やぶさつうたき)」とはこの一帯の総称 ヤハラヅカサ、浜川御嶽、受水・走水で、ひとつの御嶽というわけ 知られてないことだから覚えておくといいよ
さあ、心まで清らかになったところで、そろそろホテルに戻ろう
まだ日没まで時間あるし、幾つか見ておきたいところもあるけど でも、空の向こうに雷鳴があるし、朝から何も食べていないからね
てゆうか、そろそろ頭がパンクしそうだ これ以上はちょっと処理できない
そんなわけで県道137号から県道86号へ
ニライ橋・カナイ橋でタイヤをキュンキュン言わせるが
これ、走っていても楽しくないなあ どっちがニライ橋でどっちがカナイ橋か分からないし
宮古の来間大橋や池間大橋もそうだけど、この手のものは離れた場所から鑑賞するもの おっさん1人でバンクを決めるようなところじゃない
まーた糸満街道(国道331号)か
安座真地区
佐敷地区
与那原町
南風原町
で、那覇市っと 疲れた〜
原チャリで90分間休憩なしは本当にキツイ
でも、こんなもんか 歩いてる時間が長かったもんな
さて明日はと
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