12年5月14日 その5
では、これまでに紹介した神話について簡単にまとめる 複数の類型があるものは、伝承として広域であるものを採用する
久高島のハビャーンに降臨したアマミキヨは沖縄に七つの御嶽を創造する 天界の神々は久高島の東にある楽土ニライカナイに天下る やがて久高島は神々が往来する場所となる
あるとき伊敷浜に五穀の入った金の壺が漂着する 人々は身を清めてこれを手にし、五穀をハタスに捲く こうして久高島に農耕が齎される
たけええええええええええええええ
今のところここまで 沖縄の創世神話としてはまだ序の口だねえ 先にも説明したが琉球国王は聞得大君を伴い隔年で久高島を神拝した 久高島が沖縄開闢と五穀発祥の地だからだ が、費用と安全性が問題となり、1673年から名代派遣となる 聞得大君による神拝は継続するが、平行して斎場御嶽を整備する 久高島に渡らずとも久高島を神拝したと同じ態様を得るためだ
その間にどこで何が起こっていたのか できれば辿ってみたいけど、時間が全く足りないのでね 今回はアマミキヨの足跡をできる限り辿ることでお茶を濁そう
はい安座真港〜
余談だけど あざまサンサンビーチの駐車場が有料なので、ここに無断駐車する輩が後を絶たない バスの本数が少ないことからタクシーの客引きも凄まじい これも沖縄の現実
で、またも糸満街道(国道331号)に合流する もう何度目だよ
で、時速30km/hを厳守しのんびり南下
無人のコマカ島
途中県道137号に分岐するが、そのまま
約1km先に交差点があるので、ここを左折する
で、道なりに進むと画像の標識に行き当たるので、ここを再度左折する
するとやがて行き止まりとなるので、ここでパーキング
サインボードに従って進むと
海が見えてくる
ヤハラヅカサ アマミキヨが降り立った場所と云われている そのルートには2つの説がある @ 天界→久高島→ヤハラヅカサ A ニライカナイ→ヤハラヅカサ @は久高島が発祥の伝承で、Aは沖縄本島に広く分布する伝承 また、アマミキヨが天から舞い降りた説と船で渡ってきた説とがあるが @によれば船ということになるし、Aによれば天下ったことになる いずれにせよ、アマミキヨの霊力はここから沖縄全土に向けて拡散していくわけだ
この石碑自体は2004年に設置されたもので、素材には琉球石灰岩が使われている 満潮では水没し、干潮ではその全容を現す 下部に香炉が設けられていて、干潮になれば直接お参りすることができる
アマミキヨはヤハラヅカサに降臨したあと、人の姿でこの周辺に暮らすことになる ま、最初から人の形をしていたのかも知れないが ここからのアマミキヨの足跡こそが、神から生活者へと変容していく様子を示すことになる
この向こう側にあるのがアマミキヨが仮住まいとした場所 仮住まいというのがいかにも人間的でしょう もっとも神が人の姿を借りて、という伝承は、どの時代、どの信仰にも存在するわけで アマミキヨが神であるか否かは問題ではなく 人々に多くのものを齎したことが、かくも信心を集める理由なのだろう
おれたちがウルトラマンに恋焦がれるのといっしょでね 違うか
浜川御嶽(はまがーうたき)
神名:ヤマハラヅカサ潮バナツカサ アマミキヨが仮住まいをした場所
上に上がるのは憚られるなあ ネットには無礼な画像が散乱してるようだが
浜川とは海辺の湧き水のこと アマミキヨはこの清水で旅の疲れを癒したのだろうか
かつてはここからヤハラヅカサへ直接降りることができたそうだ
再現しようと試みたが・・・
巨大なヤドカリ、巨大なカタツムリ、巨大なミミズがいたのでやめた
死ぬかと思った
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